2005年12月29日

50番繁多寺

小高いところにあり、隣の池の向こうに町並みを見下ろせます。

本堂の左手になぜか鳥居がありました。

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49番浄土寺

それほど広いお寺ではないけれど、砂地が多くてだだっ広い印象。

山門の横の日陰の椅子で、年輩の歩き遍路の方が2人寝ていました。

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48番西林寺

滋賀から来た野宿の歩き遍路さんといっしょに歩いてお寺に到着。

自転車で逆打ちしている高校生にも出会いました。

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47番八坂寺

山ふところにいだかれた明るいお寺。

本堂脇には坂村真民さんの「念ずれば花ひらく」の石碑が。

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2005年12月28日

四国で出会う鳥たち

四国を旅するあいだ、大麻比古神社の境内を歩いているニワトリをはじめ、多くの鳥たちに出会った。

10番切幡寺近くの道の右側に小さな池がある。水面は水草にびっしりとおおわれていたのだが、その緑の上を、「真っ黒クロスケ」のような黒い毛のかたまりが動いている。

よく見ると、黒いヒヨコのような形だ。近づいてみたら、ほかにも3羽ヒナがいた。親鳥も1羽いて、黒い羽にくちばしのあたりが赤い。

バンだ。

親鳥は池の向こうの繁みのなかに身を隠した。4羽のヒナもやがてそれに従った。

     *     *     *

11番藤井寺への道、吉野川手前あたりには広々とした農地が広がっている。

刈り入れの終わった田んぼか畑の上を赤い耕運機がゆっくりと走りながら、土を掘り起こしていた。

そのうしろには何羽ものアマサギが群がっている。掘り起こされた土の中にいる虫かなにかを食べているのだ。

耕運機の赤に、アマサギの少し亜麻色の入った白い姿がきれいに映えていた。

     *     *     *

23番薬王寺から内陸へと入った日和佐川ではカワガラスを見た。

カワガラスは水底を歩くことができるかわった鳥だ。

こちらに気がつくと川の上を滑空して逃げ、距離をおいて着水した。

     *     *     *

11月ころに高知を旅したときは、たくさんの鳥たちを見た。

31番竹林寺の参道では、上空をイカルが鳴きながら飛んでいった。

32番禅師峰寺から浦戸大橋へと向かう道沿いには、ジョウビタキがいっぱいいた。渡ってきたばかりなのか、民家の塀の上にとまって縄張り争いをしていた。

海沿いではイソヒヨドリも多かった。青い羽に、おなかの濁ったオレンジ色が目立っていた。鳴き声もきれいだ。

宿毛のあたりでは上空を雁行する鵜を見た。飛んでいる姿が白鳥に似ていて黒いので、よく見ると鵜だった。

     *     *     *

61番香園寺手前の中山川の橋のたもとには、コサギなどたくさんのサギがコロニーを作っていた。

     *     *     *

遍路の途中でも、ちょっと目を向ければいろんな鳥たちの姿が見られるものだ。


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2005年12月27日

札所のネコ

お寺の境内や遍路道で出会うネコたちーー。

日の当たる賽銭箱の上で器用に寝ていたりして、のんびりくつろいでいる姿を見ることが多いが、なかにはこんなネコも。

白峰神社を通りぬけて79番高照院の境内に入ると、1匹のネコが走り寄ってきた。

椅子に荷物を置いてジュースを飲んでいると、ネコがまとわりついてくる。

椅子の上に上がり、荷物の上にまで上がってすり寄ってくるので、下に降ろそうとするのだが、全然ひるむことなく何か言いながら体当たりしてくる。

ネコにしては珍しいタイプだ。

ふつうのノラネコとちょっとちがい、少し色の混じったような白い毛の、シャムかなにか外国のネコとの雑種のような子ネコだった。

78番郷照寺門前の名物「地蔵餅」を2つ買っていたので、そのにおいに反応しているのかと思って半分やったら、食べるには食べたがあまりガツガツした感じはない。

それほどおなかがすいているわけでもなさそうなので、残りは自分で食べた。

そのうちネコも落ちついたので次の札所に向かったのだが、あのネコはなにを言いたかったのだろうか。
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2005年12月26日

お遍路案内犬(お遍路犬)

歩き遍路の体験記を読むと、よく犬の話が出てくる。遍路道を歩いていると、犬が道案内をしてくれるのだ。

21番太龍寺を過ぎた阿瀬比のあたりから22番平等寺へ一緒に歩いてくれる犬は、ホームページなどでもよく紹介されており、写真にも撮られている。

たとえばこちらこちら

ほかにも、いろんなところで、多くの人が犬に案内してもらっているようだ。

この夏の歩き遍路で、足摺岬から久百々(くもも)へともどってくるときのこと。

このあたりには、へん保協の遍路地図にも掲載されていない短い歩き専用の遍路道がいくつもあり、車道から外れてはまた車道へとつながっているのだが、そんな遍路道を歩いているとき、後ろからなにか水気のあるものが手に触れた。

ふり向くと、犬がついてきて手をなめていた。大きさは柴犬の成犬より大きいくらいなのだが、足が太く、顔を見るとまだ子犬だ。

そこから一緒に歩いてくれて、車道まで出て、宿泊する予定の民宿が見えてくると、子犬はもと来た道を引き返していった。

りっぱな案内犬に育ってくれよと思いながら見送った。

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2005年12月23日

琴弾八幡宮

68番神恵院と69番観音寺は同じ境内にある。

明治の神仏分離のとき、琴弾八幡宮(ことひきはちまんぐう)の本地仏の阿弥陀如来をまつった本地堂を、廃絶してしまうのも惜しいということで観音寺が引き受けた。

観音寺も琴弾八幡宮もともに札所だったことから、このようにひとつの境内に二つの札所が同居することになった。

前日、札所に参って近くの旅館に宿泊し、翌朝、札所のすぐ近くの琴弾八幡宮にも行ってみた。

381段の石段の参道を登って神社に着くと、人は誰もいない。かなり大きな明るい神社で、境内にはすぐ近くの海の気配が濃い。

神社の裏からぬける道があり、ドライブウェイを少し登ると、展望台から巨大な「寛永通宝」の銭形の砂絵が見える。

展望台には地元のおじいさんが二人、朝の散歩の休憩か坐っていた。

展望台からドライブウェイを下り、「さんぽ道」という喫茶店でコーヒーを飲んで休んでいたら、地元の人が朝のジョギングのあとのような、スポーツウェア姿で入ってきた。

なにかゆったりとした時間が流れているようだった。
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2005年12月22日

神峯神社

27番神峯寺(こうのみねじ)に着いたときは雨が降っていた。

「真っ縦」と呼ばれる急坂を登り境内にたどり着き、そこからさらに階段を登って本堂、大師堂へ。

大師堂からまたもう少し登ると神峯神社があるのだが、雨のなか訪れる人は、ほかには誰もいなかった。

ゴアテックスのレインウェアに当たる雨を感じながら自然石の石段を登っていくと、少ないながらもお遍路さんの姿のあるお寺の境内とはちがう、自然の匂いが濃厚に漂ってきた。

巨大な杉の木が、神域を守っているように立っている。

人が来ないわりにはりっぱな神社の建物が残っていた。

お参りを終えると、急に雨が小降りになって、一時的に陽の光がさしてきた。ちょっと神秘的。

かつてはここ、神峯神社が札所だったという。

お寺の境内とは方向のちがう階段から下りてきたので、車で着いたばかりのお遍路さんがけげんそうな顔で見ていた。

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2005年12月21日

太龍寺南舎心(舎心ヶ嶽)

21番太龍寺は、今ではロープウェイも通じて訪れやすくなった。

本堂、大師堂、多宝塔などが樹齢数百年の杉の巨木に囲まれて建つ境内は、観光客やお遍路さんでにぎわっている。

しかし空海が虚空蔵求聞持法を修行したという南舎心に向かう人は少ない。

ロープウェイ乗り場近くから続く山道の脇には、一定の間隔で石仏が並んでいる。ミニ八十八カ所のコースになっているのだ。

その道を進んでいくと、最後に南舎心に着く。小さなお堂があり、切り立った崖の上には彼方を見つめる空海の像が坐っている。

像のある崖には「立入禁止」の札が掛かっていたのだが、お堂の掃除や草取りをしていたお寺の人と思われる2人のおばあさんが、「あんたなら行ってもいいよ」と言うので、像のところまで行ってみた。

空海の見つめる彼方には、やはり海が見えた。

五来重氏の言うように、空海は「海の修験」とも言うべき辺路(へじ)修行に身を投じていたのだろう。

太龍寺は空海自身が『三教指帰』に書き記している修行の場(お寺があったわけではないが)。この地には確かに空海の足跡が感じられるようだ。

そういえば、前に北舎心にも行ったことがあるが、今はどうなっているのだろうか。


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2005年12月20日

焼山寺奥の院

はじめての自転車遍路で焼山寺を訪れたときのこと。宿坊に泊まることにしていたので、夜までまだ充分時間があった。

ぼくはまだ元気があったので、友だちを境内に残し、さらに山を登って奥の院まで歩いてみた。

途中には、この山を火の海にした毒蛇を空海が封じ込めたという岩などがあり、ちょっと不気味だった。

山の頂上か尾根のような場所に着くと、小さな木の祠があり、すぐ横は断崖絶壁で、遠くまで見渡せた。

当時の焼山寺は、まとわりつくほどの濃密な自然の気配が漂っていたが、奥の院はそれにもましてすごかった。

もちろん、まわりには誰ひとりいない。

それなのに、あたりからなにかが迫ってくるような気がして、走って山を下りた。

お寺の境内について、友だちを見つけて、ちょっとほっとした。
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2005年12月19日

大麻比古神社と四国の一宮

札所の周辺や遍路道沿いには、奥の院や番外霊場など、今ではあまりお遍路さんが訪れなくなってしまった場所がある。

余裕があれば、ときには寄り道もいいものだ。

1番札所霊山寺(りょうぜんじ)の左手から北に歩いていくと、大麻比古(おおあさひこ)神社がある。

大麻山のふもとにあるこの神社は、江戸時代には霊山寺の奥の院だったという。

遍路シーズンに白衣姿のお遍路さんでにぎわう霊山寺とは対照的に、大麻比古神社は静かで明るい雰囲気が漂っている。

阿波の一宮だけあって、広い境内には大きな木やりっぱな社殿がたっている。

神仏分離以前は、神社が札所だったところもあるし、遍路と一宮の関係は深かった。

30番善楽寺は土佐一宮である土佐神社の神宮寺だった。善楽寺は今も神社の参道の横にある。

55番南光坊も、江戸時代には隣の大山祇(おおやまづみ)神社が納経を行なっていた。ここは大三島にある伊予一宮の大山祇神社の別宮だ。

讃岐一宮田村神社の隣にあるのは83番一宮寺。名前からしてそのかかわりが分かるだろう。

これらの札所を訪ねるときには、隣の神社にも立ち寄ってみるといい。田村神社の日曜市には1杯100円のうどんやばら寿司もある。
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2005年12月18日

伊予うどん

讃岐うどんファンである。それも、ブームが始まる以前からのーー。だがこれだけメジャーになってしまうと、ちょっと横道にそれたくもなってくる。そこで注目したいのが、おとなりの愛媛のうどんだ。

愛媛には、51番石手寺手前の「久兵衛」のように、本場に負けない讃岐スタイルのうどん屋もあるのだが、ここでは、郷土色ゆたかな、愛媛ならではのお店にふれてみたい。

44番大宝寺のある久万高原に「心」といううどん屋がある。看板も目立たず、地元の人が入っていくのを目にしなければ見落としてしまいそうな素朴な店構えだ。

ここではほとんどの人が釜あげを注文する。釜あげには大と小があり、小でもボリュームたっぷりで300円という安さ。机の上には、ネギ、ショウガ、天かすなどの薬味が置かれており、うどんとともにだしの入ったとっくりが運ばれてくる。

とっくりからだしを注いで驚いた。ものすごく濃厚なのだ。色もふつうのだしとは全然ちがう。

釜あげ大をたいらげ、満足して店を出てからピンときた。あのだしには大豆をすりおろしたものが入っているのでは!?

実は、この店に入る前、大洲から久万まで歩くあいだに2軒のうどん屋に立ち寄っていた。

1軒目は、十夜ヶ橋近くの大洲の国道沿いの店で、冷やしうどんの薬味の皿になぜか大豆の煮豆がのっていた。ちょっと変わっているなと思いはしたが、豆だけを別にぽりぽりと食べた。

2軒目は、内子から新真弓トンネルへ至るコースの途中にある「道の駅せせらぎ」の「かじか亭」。名物のたらいうどんはネギのかわりにニラが薬味になっており、だしの底にはころころと大豆が入っていた。

ここで、大洲の店で出た大豆は薬味の一種だったんじゃないかと気がついた。

そうして、3軒目の「心」のあのだし・・・。

海から離れた土地では大豆は重要なタンパク源だ。愛媛の山間の地に通底する食文化を発見したような気がして、やさしい店の人の印象とともに、深く心に残った。
posted by namo at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 喫茶・食事処 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月17日

46番浄瑠璃寺

こぢんまりとしたお寺ですが、緑が多く、いろんなご利益石が置いてあります。

有名なのは仏足石ですが、これは仏手石。

石に手形と梵字が彫られており、「あらゆる文化を造り出す手に感謝を」の立て札が。

46浄瑠璃寺20cm.jpg
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三坂峠

昔はここにドライブインがありました。

ここから松山市内へと急坂を下ります。

下るにはいいけど、登るのはちょっとたいへんそうです。

46へ2三坂峠20cm.jpg
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45番岩屋寺

本堂の前にかかっている木のハシゴを登って法華仙人堂跡へ。

岩のくぼみに坐って下を見ると、けっこう高いです。

45岩屋寺20cm.jpg
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八丁坂

岩屋寺への途上、八丁坂を登りきったところにある茶屋跡。

八丁坂は急ですが、距離が短いのでキツくはないです。

草刈りしたばかりだったので歩きやすかったけど、マムシ注意の看板がありました。

45へ八丁坂20cm.jpg
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2005年12月16日

お接待の重み

歩き遍路の体験者なら、だれもが心あたためられ、力が湧いてくるような思いをするお接待。

それはなにかモノをもらったりすることではない。

食べ物や飲み物をもらったり、通り過ぎた車が急にUターンしてきてお金をいただいたりということはもちろんあるのだが、そのとき受け取るのは、ありきたりの言葉かもしれないが、モノではなくそのココロだ。

子どもたちの元気なあいさつはやっぱりうれしい。幼稚園児や小学生はにぎやかにあいさつしてくれるが、ちょっと斜にかまえるような年頃の中学生や高校生も、都心部を除くとけっこうあいさつをしてくれる。

バス停とかで待っているキレイなおねえさんが、「こんにちは〜、がんばってください」とか急に声をかけてくれたりするので、不意をつかれたりすることも。

内海村から柏坂を越え、芳原川沿いを津島大橋へと向かっているとき、川沿いの雰囲気のいい遍路道を歩いていると、前から自転車に乗ったおばさんがやってきた。

おばさんはぼくの姿に気がつくと、自転車を止めて話しかけてきて、買い物袋からパイナップルの缶詰を出してお接待してくれた。

バスツアーで何度が札所をまわっている人で、歩きのお遍路さんを見かけたらお接待することにしていると話していた。

それで買い物したときに買った缶詰をお接待してくれたのだが、その缶詰はパイナップルまるまる1個分入っているような大きなものだった。

そうとう重い・・・。

でも、全然苦にもならず、ありがたくいただいて、ザックに詰めた。

宿に着いて冷蔵庫に入れてもらい、夕食が終わってから出してもらって、缶切りを借りてひとりで食べた。そうとうな量があったが、分けてあげようと思っていた同宿のお遍路さんがお腹をこわしていて、結局ひとりでたいらげた。

歩き遍路に出会って、缶詰が重いとか、缶切りを持っているかどうかなんか頭から飛んでしまって、とにかく何かをあげたいという思いが先に立ったおばさんのココロがうれしかった。

posted by namo at 21:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 遍路体験 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月14日

オモシロ地名

遍路をしていると、変わった読み方の地名や、ちょっとおかしな地名に出くわすことがある。

16番観音寺と17番井戸寺のあいだにあるJR徳島線の府中(こう)駅も、最初は読めなかった。

室戸岬に向かう海岸線では、「ゴロゴロ」という変な地名もあった。

だが、いちばんオモシロかったのは・・・。

自転車遍路のとき、20番鶴林寺で、お坊さんに21番太龍寺への道を尋ねた。以前のへん保協の地図には車道は載っていなかったので、自転車でどのコースを通ればいいのかよくわからなかったのだ。

お坊さんは「鶴峠から川まで降りて、川沿いにサカリ大橋まで行って橋を渡ればいい」と親切に教えてくれた。

川幅が広く雄大な那賀川まで下り、言われたとおり川沿いに進んで橋を目指した。

ひとつめの橋は、歩きのときに渡る水井(すいい)橋だ。「サカリオオハシ、サカリオオハシ・・・」と目印の橋を探しながらなおも進んでいると次の橋が。

「十八女大橋」

これか・・・?

どこかにひらがなも書いてあったのでわかったが、「十八女」と書いて「さかり」と読むとは・・・。

遍路中にいちばんの衝撃を受けた地名だった。

posted by namo at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | へんろ雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月13日

個性豊かな歩き遍路との出会い

夏のある日、日和佐から室戸へと歩いているとき、向こうから白装束のお遍路さんがやってきた。逆打ちの歩き遍路だ。

30代か40代くらいの男の人で、3回目の遍路だそうだ。今回は1番から88番まですでにまわり終え、そのまま逆打ちで88番からここまでやってきたという。1番までもどったら高野山に行って修行し、お坊さんになると話していた。

いろんな話をしてくれたが、どうも札所のお寺の人にたいしてそうとう頭にきているようだった。

遍路には十善戒というのがある(別に遍路に特別な戒というわけではなく、仏教の戒なのだろうが、遍路中だけでも守るよう努力しましょうということになっている)。それは次のようなものだ。

 不殺生  殺さない
 不偸盗  盗みをしない
 不邪淫  邪淫しない
 不妄語  うそをつかない
 不綺語  お世辞をいわない
 不悪口  悪口をいわない
 不両舌  二枚舌を使わない
 不慳貪  欲張らない
 不瞋恚  怒らない
 不邪見  誤った考えを起こさない

これを心がけているお遍路さんも多いらしく、体験記などにも、「憤りを感じたが十善戒のことを思い出してじっと耐えた」などといった意味のことが書いてある。「これは悪口ではなく事実を述べているだけ」とかいう言い訳もあったり。

こうした記述は、特に納経所で接するお寺の人の態度に関するものが多い。

このとき出会った歩き遍路の人は、十善戒などものともしない勢いで話が噴出し、エネルギッシュでおもしろかった。

彼はお寺の人に対して何度も憤りを感じたことがあるようで、前日も大きな宿泊施設を持つ近くの番外札所の宿坊に電話したところ、時間が遅いということで断られたという。

歩き遍路にとっては寝る場所があるだけで助かる状況なのに、あまりに冷たく事務的な答えだったそうだ。

結局、近くの禅寺に電話をしてみると、快く泊めてもらえたそうだ。その禅寺は城満寺というお寺で、四国最古の曹洞宗のお寺を、住職が全国を托鉢して復興したものだという。

たまたまこの3日前、徳島市内のビジネスホテルに宿泊したとき、夕食に入った食堂で見かけた「徳島新聞」だったかに、そのお坊さんのことが載っていたので、ぼくも覚えていた。取材した記者が熱を入れて記事を書いているようだった。

歩き遍路の彼も、托鉢や野宿もしてまわっており、坐禅も組んでいるので、そのお坊さんには共感しているようだった。

彼自身、理想に燃えてこれから僧侶になろうとしているだけあって、お寺の人にたいして思うことが多いのだろう。

「札所の住職たちを集めて、シベリアにでも収容して鍛え直したほうがいい」という彼の言葉を聞きながら、ぼくは某マンガの「アラスカ行き!」を思い出してしまった。

ほかにも、お寺で野宿していたとき賽銭どろぼうを見つけた話とか、アメリカ人やオーストラリア人の遍路に会って、テントに泊めてもらった話など、いろいろおもしろい話をしてくれたが、夏の太陽はまだ暑く、先へ進むようにうながしている。

話を切り上げ、やがてそれぞれの方向へと別れていった。
posted by namo at 20:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 遍路体験 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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