2006年01月30日

おへんろ出会い旅(おかざききょうこ/コアラブックス)

札所の近くには四国の名所も多いし、スタンプラリーのような興味本位で旅に出たという著者は、2カ月で四国を歩いてまわることにし、綿密な計画を立てる。

だが出発前夜、荷物を背負ってみて「無理だ!」と実感し、公共の乗り物も利用することにする。

飛行機の機内では週刊ビッグコミックスピリッツを読みながら四国へ向かい、山のなかの遍路道はこわがるといった、典型的なマンガ世代?都会育ち?の女性。

札所をまわる順番はバラバラだったり、余分な荷物を宿に置いてまわったりするのでもとの場所に引き返さなければならなかったりと、けっこうたいへんそうだが、いろんな人と出会ったり、お接待の車に乗せてもらったりして、それでもなんとか無事に結願する。

82番根香寺の牛鬼の像を、「高橋留美子のマンガに出てくるキャラクターみたい」というのには思わず納得。

遍路データ:30代女性/乗り物も利用する歩き遍路(通し打ち)/1996年9月23日〜10月18日(26日間)

book data:おへんろ出会い旅ーー四国路1,400キロ/おかざききょうこ/コアラブックス/1997年
posted by namo at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 遍路本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月29日

情け嬉しやお遍路ワールド(佐藤孝子/近代文芸社)

社会に過剰適応気味の男性とはちがって、しっかりと自分の感受性を大切にしている著者は、自分がすり減ってゆくような感覚に耐えかね、先の見えないまま小学校の教師を辞めて歩き遍路の旅に出た。

19番立江寺の「肉付き鉦の緒」の縁起話など、女性の視点から紹介していておもしろい。同じ縁起話を何も考えずに説教に使い続けるような、頭の硬い坊さんに読ませてやりたいものだ(まあそういう人は、読んでも変わらないだろうけど)。空海や仏教に対する理解もある。

同じ著者による、2回目の区切り打ちの遍路体験をベースにした『お遍路に咲く花通る風』(リヨン社/1997年)のほうは、記録的な色合いが薄くエッセイ集のような感じ。旅の参考にしたいのなら、1番札所から順番に進行してゆく本書のほうがヒントになるが、読みものとしてならこちらのほうが読みやすいかもしれない。

遍路データ:40代女性/歩き遍路(通し打ち)/1995年4月12日〜5月23日(42日間)

book data:情け嬉しやお遍路ワールドーー歩いて歩いて四国の風になった/佐藤孝子/近代文芸社/1996年
posted by namo at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 遍路本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月28日

定年からは同行二人(小林淳宏/PHP研究所)

「平均的日本人であり、仏教知識がそんなにあるわけではないし、信仰心が厚いわけでもない」と語る著者は、完全徒歩、遍路中の禁酒、禁煙を目標に1番札所から歩きはじめる。

歩き遍路という冒険に現実的に対応し取り組んでゆくビジネスマンといったおもむきだが、ジャーナリスト出身なのでちょっと軽めで調子がいい。

それでも旅の終わりは感動的だった。

定年後囲碁に熱中し、その記録を『定年からが面白い』という本にして出していた著者のこと、最初から遍路体験記を書こうと計画し、毎日記録をつけていたのだろう。その記述はえらく克明だ。

へんろみち保存協力会の『四国遍路ひとり歩き同行二人』が出版される以前の旅なので、今の歩き遍路以上に宿などにも苦労している。

この本が出版されてから、定年前後の男性のお遍路さんが増えたそうだ。実際によく見かけるようになった。

遍路データ:60代男性/歩き遍路(通し打ち)/1988年7月11日〜8月20日(40日間)

book data:定年からは同行二人ーー四国歩き遍路に何を見た/小林淳宏/PHP研究所/1990年
posted by namo at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 遍路本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

遍路本

別のブログで取り上げていた遍路本の紹介文をこちらに再録します。

今では遍路に関する情報も、ホームページやブログから容易に得られるようになり、ガイドブックも目白押しですが、10年くらい前には遍路体験記も貴重な情報源でした。

そんな事情もあってか、ひと昔前の遍路体験記は今読んでもおもしろく、味のあるものが多いようです。

そんな時代の3冊の体験記を紹介します。古本屋などで探してみてください。まずは1冊目。
posted by namo at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 遍路本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月26日

道後の町屋 美よし

道後温泉本館近くの商店街に、鰻の寝床のような町屋カフェがある。

入口のあたりにはパン工房、奥のほうには座敷もあって、中庭を見ながらゆっくりくつろげる。

ぼくが入ったときは、お客さんも少なく、奥の座敷には誰もいなかった。

コーヒーを飲みながら、夕食の時間までほっこりした。

道後商店街といえば、規模はちがうが京都で言えば新京極通みたいなもの。だがこんな落ち着いた店は、ちょっとはずれて寺町通や御幸町通を歩いてもないような気がする。

さて、夕食は道後麦酒館で地ビールとじゃこ天だ。

posted by namo at 00:30| Comment(4) | TrackBack(0) | 喫茶・食事処 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月22日

橋の上で杖をつかないのは

遍路は橋の上で金剛杖をついてならないという。それは、お大師さんが橋の下で休まれているかもしれないからだ。

43番明石寺から44番大宝寺への道中に、十夜ヶ橋(とよがばし)という番外霊場がある。

ここは弘法大師が一夜の宿をこわれたとき、誰も泊めてくれる人がおらず、橋の下で一夜を過ごされた場所だとされている。

その夜はあまりに寒く、一夜が十夜にも感じられるほどだった。それで十夜ヶ橋と呼ばれるようになった。

この故事から、お大師さんの眠りをさまたげぬよう、遍路は橋の上で杖をつかない慣わしになったという。

橋はもともと、此岸と彼岸をつなぐもの、異界との接点のように考えられていた。サエノカミ(塞の神)とも呼ばれる道祖神は、橋のたもとや峠、辻などにまつられているが、これは異界との境を守ってくれる神様だ。

昼と夜のあいだのたそがれ(誰そ彼)時が逢う魔が時であるように、橋は逢う魔が場所だったのだ。

もしかしたら、橋の上で杖をつかないという遍路の慣わしにも、古い民俗的な慣習が名残をとどめているのかもしれない。
posted by namo at 18:34| Comment(0) | TrackBack(0) | へんろ雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月17日

金剛杖と大師の杖

お大師さんの分身として遍路に親しまれている金剛杖(こんごうづえ)。

1本の杖が弘法大師空海の象徴となった背後には、いにしえの民俗信仰的な流れが関係していたのかもしれない。

大師講(だいしこう)という民俗行事をご存じだろうか。弘法大師、元三大師、聖徳太子などをまつり、日本各地で旧暦の11月23日に催されていた年中行事だ。

大師講では小豆粥などを作って供えるのだが、このお供えには長い箸や、長さの違う3本の箸を立てたりする。3本のうちの1本は杖だと考えられている。

これを「大師の杖」という。

ここでいう「大師」は、もともと人間ではなく、神の御子、「オオゴ」「オオイゴ」(漢字で書くなら「大子」)とも呼ばれる来訪神だったらしい。

その神様は、所によっては1本足であると思われていたふしもある。

柳田国男は「大師講の由来」のなかで次のように述べている。

「十一月二十三日の晩に国中の村々を巡り、小豆の粥をもって祭られていたのは、ただの人間の偉い人ではなかったのであります。それをわれわれの口の言葉で、ただダイシ様と読んでいたのを、文字を知る人たちが弘法大師かと思っただけであります」

だが、現在では一部の地域を除いて、オオゴやダイシ様は人々から忘れ去られ、「ダイシ講」は生活の中からほとんど消えてしまった。

一方、金剛杖は遍路の日常のなかに生きている。遍路宿に着いたら、お杖の先を洗って床の間に安置するといった行為には、どこか民俗的DNAが感じられる。

オオゴやダイシは今、遍路の金剛杖のなかに、「お大師さん」とひとつになって、形を変えて生きているのかもしれない。

posted by namo at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | へんろ雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月11日

2005年夏遍路の終わりに

今回めぐる最後の札所、石手寺まであとわずかというところで、ある食事処に入りました。

注文した料理が出てくると、メニューの写真にはないものが付いていました。店員さんに尋ねると、ご主人から歩き遍路へのサービスとのこと。おいしくいただきました。

ご主人にお礼を言ってお金を払おうとすると、650円のはずが330円になっていました。半額にしていただいたようです。オマケを付けていただいただけでうれしかったのに・・・。

最後の最後まで、四国の人のあたたかい心にはげまされて、石手寺に向かいました。

店を出ると、スーパーの駐車場の案内をしている警備員の人が話しかけてきました。その人は、2日前に小田町から新真弓トンネルへのあいだで、道路工事の警備をしていて、少し話をしていた人でした。

「ここまで歩いてきたんですね!」とうれしそうに言ってくれました。

石手寺を打ち終えて、メルパルクに宿泊。ビジネスプランの割引が適応される日だったらしく、ツインの部屋に一人で泊まって、素泊まり4999円でした。部屋もきれいです。

早めの夕食を、道後温泉本館横の「道後麦酒館」でとりました。坊ちゃんビール、マドンナビール、漱石ビールの3種類の地ビールと、宇和島のじゃこ天や今治のせんざんきなど愛媛特産のおつまみがあります。ビールは3種類とも飲みましたが、味はまあふつうです。でも、湯上がりにビール一杯だけでも気軽に入れそうな雰囲気でした。

ふと店の窓から道後温泉本館のほうを見たら、この旅でよくいっしょになっていた「ささのはぱんだ」さんが、ビニール袋を片手に、携帯で本館の写真を撮っているところでした。

ちょっと感慨深いものがありました。

翌日、早朝に道後温泉本館で入浴して、「神の湯二階席」の大広間でくつろぎました。お風呂はけっこう人がいたけど、二階席は人も少なくのんびりできます。涼みながら久しぶりに瓶入りのコーヒー牛乳をゴクゴク飲みました。

宿をチェックアウトし、松山市立子規記念博物館と愛媛県美術館に立寄り、歩いてJR松山駅へ。今回の旅はこれで終わりです。車窓を通り過ぎる四国の風景を眺めながら帰途につきました。

(※写真はクリックすると大きくなります)
posted by namo at 20:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 2005年夏遍路写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

龍の像

石手寺にはほかにもあやしげな像や建物がいっぱい。

この龍は入口付近にあって、頭の上に観音様みたいな像が乗っています。

51石手寺龍20cm.jpg
posted by namo at 20:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 2005年夏遍路写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パゴダ

石手寺は桂小枝好みの「パラダイス」です。

パゴダの壁面の浮き彫りもどこかあやしげ。

51石手寺パゴダ20cm.jpg
posted by namo at 20:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 2005年夏遍路写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お砂撫で

石手寺の境内には、「お砂踏み」ならぬ「お砂撫で」がありました。

八十八カ所の砂を手で撫でるんでしょうか?

はじめて見ました。

51石手寺お砂撫で20cm.jpg
posted by namo at 20:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 2005年夏遍路写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

51番石手寺

今回の区切り打ちはここまで。

衛門三郎の像の横を通って境内へ。

51石手寺衛門三郎20cm.jpg
posted by namo at 20:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 2005年夏遍路写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月07日

知多四国八十八カ所と月山・篠山

愛知県の知多半島には、四国八十八カ所の写し霊場がある。

写し霊場というのは、四国八十八カ所の境内の砂を別の場所に持ち帰るなどして、その土地に八十八カ所の新しい霊場をつくることだ。

なかでも知多四国八十八カ所は「日本三大新四国」に数えられ、開創200年近い伝統がある。ちなみにあとの2つは小豆島と篠栗(ささぐり)だ。

知多四国八十八カ所には88の札所と10の番外があり、合わせて98カ所のお寺を巡ることになっている。

以前、知多半島の南部と、日間賀島、篠島を訪ねたことがあるのだが、篠島に番外の西方寺(さいほうじ)というお寺がある。

ここは「月山・篠山霊場」と呼ばれており、土佐国幡多郡月灘村の元月山大勢至菩薩と、伊予国南和郡一本松字正木の元篠山大権現十一面観世音菩薩が祀られている。解説書『知多四国めぐり』には「本四国遍路の際には必ず参詣される霊場」とある。

現在の四国遍路では、別格二十霊場などと比べても、月山(つきやま)神社や篠山(ささやま)神社を訪れる人は少ないが、かつては重要な霊場だったことがわかる。

月山神社(38番と39番のあいだにある)には以前行ったことがあるが、神社よりも、そこに至る道のりが、趣きがあっていいところだった。

篠山(39番と40番のあいだ)は訪ねたことはないが、「四国百名山」にも入っており、チャンスがあれば一度訪れてみたい。

知多四国に話をもどそう。ここでは本四国とちがい、納経帳の墨文字は印刷されており、その上から朱印を押すことになっている。

庭掃除をしている近所のおばあちゃんが朱印を押してくれたり、無人のお寺ではセルフサービスで自分で押すところもあったりと、素朴で楽しい。

ぼくが訪れた範囲では、お寺の人もいい感じだった(評判の悪い四国とちがって?)。

大伽藍があるとか重要な文化財があるとかいうことではなく、お寺のあり方そのものが身近で魅力的な場所なのだ。

特に日間賀島、篠島はおすすめだ。

※月山への道や神社についてはこちらが参考になる。
posted by namo at 20:06| Comment(4) | TrackBack(1) | へんろ雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月05日

衛門三郎伝説の元ネタ

遍路の元祖といわれる衛門三郎(えもんさぶろう)の伝説がある。

伊予の国荏原の庄(現在の愛媛県松山市郊外)の富豪、衛門三郎の屋敷に、一人の乞食僧が托鉢に訪れた。

衛門三郎は追い返すが、僧は次の日にも、また次の日にもやってきたので、ついに衛門三郎は怒って、僧の持つ鉄鉢をたたき落とした。すると鉢は8つに割れて飛び散った。

そうしてその日から、衛門三郎の8人の子は、次々と死んでいったという。

衛門三郎は、あの僧は弘法大師だったのではないかと思い、罪をつぐなうために四国を回りはじめた。

これが伝説の前半部分だ。

『梁塵秘抄』(平安時代の歌謡集)を読んでいたら、次のような歌が出ていた。

「法華経持てる人毀(そし)る
 それを毀れる報いには
 頭七つに破れ裂けて
 阿梨樹(ありず)の枝に異ならず」

これはもともと、妙法蓮華経陀羅尼品にある話らしい。

四国八十八カ所の縁起なので、7が8に変わったのだろうが、これが衛門三郎伝説前半部の元ネタなのかもしれない。
posted by namo at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | へんろ雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月04日

歯長峠の名前の由来

42番仏木寺と43番明石寺のあいだに、歯長(はなが)峠という峠がある。

ちょっと変わった地名で印象に残る。

『宇和旧記』によると、治承年間(1177〜1181)に、足利又太郎忠綱という武将が源氏との合戦に敗れて西国に下り、歯長峠の一本木の奥の谷に隠棲したという。

忠綱の姓は、『吾妻鏡』には足利ではなく田原と記されているらしいが、歯の長さが一寸もあり、歯長又太郎と呼ばれていた。

峠の名はこれに由来しているようだ。

歯長峠の送迎庵見送り大師のある場所には、歯長寺(しちょうじ)の大伽藍があったが、焼失して、現在は国道56号沿いでJR予讃線の南側あたりに再建されている。
posted by namo at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | へんろ雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月03日

四門(発心、修行、菩提、涅槃)

遍路の世界では、徳島、高知、愛媛、香川の四国4県は、それぞれ発心(ほっしん)の道場、修行(しゅぎょう)の道場、菩提(ぼだい)の道場、涅槃(ねはん)の道場に割り当てられている。

ガイドブックや体験記にもあたりまえのように書かれているが、星野英紀氏の研究などによると、このような観念は比較的新しいもので、戦後にはじまったもののようだ。

「四門(しもん)」という言葉を広辞苑で引くと、仏教用語として次のように記されている。

「密教の曼荼羅で四方をいう称。即ち、発心門(東)・修行門(南)・菩提門(西)・涅槃門(北)。葬場の四方の門にこの名を用いることがある」

四国4県を四門に当てはめるなら、位置的に見ても、東の徳島を発心の道場にするしかないわけで、うまくできている。

修験道でもそうだが、日本の密教では自然界を曼荼羅に見立てることは昔から行なわれていることだ。

四国4県を4つの道場とする観念が新しく考えだされたものであっても、それは遍路を行なう上で、ある種の指針や、心の区切りのきっかけにもなり、これからも受け継がれていくことだろう。
posted by namo at 18:55| Comment(0) | TrackBack(0) | へんろ雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。