2006年03月30日

辺路(へじ)は海の宗教

五来重(ごらいしげる)氏の説をもとに、遍路(へんろ)の原型となった辺路(へじ)の特性にふれてみよう。

まず第一に挙げられるのが、海とのかかわりだ。

辺路の聖地は、海辺にある、海が見える、海にちなむ伝承があるなど、海とのかかわりが深い。

辺路は海のかなたを拝む海洋宗教的側面をもっており、「海の修験」とも呼ばれている。

だが実際には、「海と山の修験」といったほうが正確かもしれない。

現在の修験道が「山の宗教」とみなされているために、海洋宗教的側面を強調するほうが、辺路の原初のかたちを明らかにしやすいので、「海の修験」といった表現が有効なのだ。

あまり海のイメージのない現在の修験だが、葛城二十八宿の友ヶ島の行場などは、古代の辺路をほうふつとさせるものがある。

現在の四国遍路の札所をみていくと、32番禅師峰寺には干満岩があり、岩のくぼみに溜まった水が潮の満ち干によって水位が変わるという。51番石手寺にも水天堂に干満水がある。これは、札所と海とのつながりを暗示している。

干満岩は日本三景の宮島にもあるが、ここも空海ゆかりの地だ。

内陸部にある45番岩屋寺の山号が海岸山となっているのも、海とのつながりを示していると考えられている。

葛城二十八宿・友ヶ島
posted by namo at 21:23| Comment(1) | TrackBack(0) | へんろ雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月27日

遍路の起源

四国遍路の起源は、衛門三郎伝説などの「おはなし」を別にするなら、空海以前から存在した古代信仰にさかのぼると考えられる。

空海自身も、その古い修行形態のなかに身を投じたということになる。

それは「辺路(へじ)」(辺地)と呼ばれる修行で、空海以降、大師信仰を中心として、やがて「遍路」として再編されてゆくことになる。

現在の四国遍路とのかかわりで、空海が実際に訪れているのが確実なのは、阿波大滝嶽、室戸崎、石鎚山あたりだろうか。

ゆかりの札所で言えば、阿波大滝嶽が21番太龍寺、室戸崎が24番最御崎寺・26番金剛頂寺、石鎚山が60番横峰寺・64番前神寺といったところ。

これは空海の著作である『三教指帰』に次のように記されているので明らかだ。

 阿国大滝嶽に躋り攀ぢ
 土州室戸崎に勤念す
 谷響きを惜しまず
 明星来影す
  (『三教指帰』序)

 或るときは石峰に跨がって
 粮を絶って轗軻たり
  (『三教指帰』巻下)

生誕地の善通寺周辺(71番〜75番あたり)もそれに加えていいだろう。

とはいっても、そこにお寺があったわけではないから、現在の札所の位置を空海が訪れたということではないのだが。

それ以外にも、空海が足跡を記した地として、他の文献などから間接的に推しはかれる場所も意外に多い。

五来重(ごらいしげる)氏は、空海が通った初期の辺路ルートとして、12番焼山寺から20番奥の院慈眼寺、20番鶴林寺、21番太龍寺を経て日和佐へ出て、室戸へと向かう道筋を推定しておられる。

足摺岬や、石鎚山への途上となる岩屋寺あたりも、辺路修行の地として、空海の訪れた可能性は高いようだ。

現在の四国八十八カ所のルートとはズレがあるにしても、空海以前から続くと思われる辺路修行の地が今もかたちを変えて息づいているとしたら、遍路の歴史の深淵は、人びとが思っている以上に深いのかもしれない。
posted by namo at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | へんろ雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月23日

カフェテラス アルファ(旧内海村)

内海村(現在の愛南町)の海沿いの遍路道は、ちょとした高みにあっていい眺めだ。

海の上には、真珠貝やヒオウギガイの養殖だろうか、丸いブイが規則正しく並んで浮かんでいる。

以前訪れたときにあったセルボというお店がなくなっていたので、アルファというカフェに入ってみた。

店内はけっこう広く、グリーンもあって明るい雰囲気。

雑誌なども多く、歩き遍路にとってもいい休憩場所だ。

それにお店の名前が「アルファ」。『ヨコハマ買い出し紀行』のファンなら立ち寄らないわけにはいかないだろう。

カフェテラス アルファ
posted by namo at 22:51| Comment(3) | TrackBack(0) | 喫茶・食事処 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月13日

柏坂(かしわざか)

40番観自在寺から10キロくらい行くと、遍路道は内海村(現在は愛南町)で2つのコースに分かれる。

そのまま国道56号の車道を進むコースと、歩き遍路だけが通ることのできる柏坂越えコースだ。

以前自転車でまわったときは国道を通ったので、歩き遍路のときには迷わず柏坂越えを選んだ。

とは言っても、このあたりの車道は交通量も少ないし、景色もよく、それほど歩きにくいコースではない。

内海トンネルの横には、歩行者と自転車専用の「内海ふれあいトンネル」もあって、安心して歩ける。

歩き遍路のときには、内海村の旭屋に泊まったので、朝一番に柏坂越えにとりかかった。

宿を出ると、近所のおじいさんがぼくの姿を見て、手書きの柏坂の地図のコピーをくれ、道を教えてくれた。

この地図とおじいさんの説明がなければ、登り口でちょっと迷ったかもしれない。

民家の横のほうから山道への登りがはじまり、柳水大師、清水大師など、お大師さんゆかりの地を過ぎ、つわな奥展望台からは、由良半島の絶景が望める。

このコースは、柳水大師の上の林道を横切って少し行ったあたりが一番高くて、標高470メートルくらい。あとはだいたい下り道になる。登りはじめはちょっときついが、比較的歩きやすい道だ。

37番へ向かう途中にある焼坂遍路道や大坂遍路道のように、雨のときは別コースを歩くことを勧めたくなるような急坂ではない。

ただ、町に出るまではけっこう距離があり、10キロくらいはお店もないので、その点だけ注意していればいいだろう。

柏坂越えの道は、地元の方たちがよく整備してくださっているようで、「トレッキング・ザ・空海」という遍路道ウォークのイベントなども行なわれている。

内海中学校の生徒さんたちが作ってくれている地図もあるので、参考にしてみては。地図はちょっと重いPDFファイルになっている。

愛南町 柏坂旧へんろ道のページ
posted by namo at 21:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 遍路体験 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月06日

マルブン

62番宝寿寺のすぐ近く、国道11号からJR伊予小松駅のほうへ曲がると、駅前にマルブンというお店がある。

昔から地元の人に親しまれてきた洋食屋さんのようだが、どこか新しいセンスも感じられる、いい雰囲気のお店だった。

ぼくが入ったときは食事どきを外れていたので、お客は少なく、学校帰りの高校生がいるくらい。

高校生が気軽に入れるような、地元に根づいた、肩肘はらぬたたずまいのお店なのだが、田舎によくあるマンネリ的な感じもなく、居心地がよかった。

48番西林寺近くで、杖の淵公園のすぐ西にもピッツェリア マルブンという支店があるみたいだ。

マルブン
posted by namo at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 喫茶・食事処 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月02日

十里十カ所

1番霊山寺(りょうぜんじ)から10番切幡寺(きりはたじ)までは、昔から「十里十カ所」と呼ばれ、札所が密集している。

歩きはじめのお遍路さんにとっては、いい足ならしの場にもなる。

へん保協のデータでは、1番から10番までの距離は30キロ弱。霊山寺を早朝に出れば、1日でまわれる距離だ。

歩きはじめのウォーミングアップで距離を控えめにしたいなら、6番や7番の宿坊に泊まるほうがいいが、ふだん運動したりよく歩いている人なら、10番までは充分歩けるだろう。

この「十里十ヶ所」という言葉は、現在知られている最古の遍路日記である澄禅の『四国遍路日記』(1653年)にも出てくる言葉だ。

もっとも、澄禅は十里十ヶ所を残して、井土寺(井戸寺)から遍路をはじめ、観音寺、国分寺、常楽寺、一宮(現在は大日寺)、藤井寺、焼山寺とまわり、現在の1番から10番までの札所は、大窪寺のあとに訪れているのだが。
posted by namo at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | へんろ雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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