2005年12月11日

空海という名前

坂村真民さんの『一遍上人語録 捨て果てて』(大蔵出版)という本の前書きには、次のように記されている。


「仏島四国が生んだ二人の偉大な宗教家、それは真言宗の祖空海であり、もう一人は時宗の祖一遍である。わたしは縁あって、この島に渡ってきて、幼名を真魚といった人が、無空から如空へ、そして教海へ、さらに空海へと脱衣していった、その内奥の秘密がわかりたかった。それと同じように、幼名を松寿丸といった人が、随縁から智真へ、そして一遍へと脱却していった、その変容の事実が知りたかった。わたしも、そういうものを持っているからである。

室戸岬の突端にある修行の洞窟を訪ねたのも、空海が見た空と海とを、本当にわたしも見たかったからである。また一遍と名乗るようになったいわれの熊野本宮跡を訪ねたのも、そこにわたしも立ってみたかったからである」

  
実際にその場に立ってみる、歩いてみるといったことをすると、ひとつひとつ推測したりするプロセスをすっ飛ばして、突然なにか答えのようなものが浮かんでくることがある。

それは、言葉が浮かんでくるというよりも、意味そのものが突然おとずれるような感じ。言葉を発するには、あるいは聞くには、その始めから終わりまでに時間がかかる。しかし意味のほうは、全体が一瞬にあらわれ、あとからそれを言葉に広げていく感じがする。

足摺岬へと向かう道のどこかで、ぼくは空海の名前の変遷の、真民さん言うところの「内奥の秘密」が明らかになったような気がした。

その時は、真民さんの本も読んではいなかったし、空海の名前について考えていたわけでもないのだけれど、突然ひらめいたのだ。

「無空」という名は、仏教の最も根本的な教えのひとつである「空(くう)」に基づいている。

次の「如空」という名も、「如」には実体、真実、真如などの意味があり、「空(くう)」と結びついて、やはり仏教的な教えをにおわせる。「空(そら)の如し」と読めなくもないが、それにしても「空(そら)そのもの」ではなく「如し」がついている。

次の「教海」という辺路修行者らしい名前は、「海に教わる」のか「教えの海」なのかはわからないが、そこにはやはり「教え」というものが残っている。

そしていよいよ「空海」だが、ここにはもう「教え」は消え去っている。そして「空(くう)」ではなく、「空(そら)」と「海(うみ)」だ。

これは「思想」や「観念」の世界を通りぬけ、「現実に存在しているもの」へと回帰した、魂の変遷なのだと思う。

この流れをはっきりと理解するには、ヘッセの『シッダールタ』(高橋健二訳/新潮文庫)のなかの、シッダールタとゴーヴィンダの対話が助けになってくれる。


「一つの石を私は愛することができる、ゴーヴィンダよ。一本の木や一片の樹皮をも。ーーそれは物だ。物を人は愛することができる。だが、ことばを愛することはできない。だから、教えは私には無縁だ。教えは硬さも、柔らかさも、色も、かども、においも、味も持たない。教えはことばしか持たない。たぶんおん身が平和を見いだすのを妨げているのは、それだ。たぶんことばの多いことだ。解脱も徳も、輪廻も涅槃も単なることばにすぎないからだ、ゴーヴィンダよ。涅槃であるような物は存在しない。涅槃ということばが存在するばかりだ」

ーー中略ーー

ゴーヴィンダは言った。「だがおん身が『物』と呼ぶものは、実存するもの、実体のあるものであろうか。それはマーヤ(迷い)のあざむき、形象、幻影にすぎないのではないか。おん身の石、木、川ーーそれらはいったい実在であろうか」

「それもさして私は意に介しない。物が幻影であるとかないとか言うなら、私も幻影だ。物は常に私の同類だ。物は私の同類だということ、それこそ物を私にとって愛すべく、とうとぶべきものにする。だから私は物を愛することができる。この教えにはおん身は笑うことだろうが、愛こそ、おおゴーヴィンダよ、いっさいの中で主要なものである、と私には思われる。世界を透察し、説明し、けいべつすることは、偉大な思想家のすることであろう。だが、私のひたすら念じるのは、世界を愛しうること、世界をけいべつしないこと、世界と自分を憎まぬこと、世界と自分と万物を愛と讃嘆と畏敬をもってながめうることである」


詩人である真民さんは、こうした言葉に共感してくれると思うのだが・・・。

posted by namo at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | へんろ雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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