2006年01月04日

歯長峠の名前の由来

42番仏木寺と43番明石寺のあいだに、歯長(はなが)峠という峠がある。

ちょっと変わった地名で印象に残る。

『宇和旧記』によると、治承年間(1177〜1181)に、足利又太郎忠綱という武将が源氏との合戦に敗れて西国に下り、歯長峠の一本木の奥の谷に隠棲したという。

忠綱の姓は、『吾妻鏡』には足利ではなく田原と記されているらしいが、歯の長さが一寸もあり、歯長又太郎と呼ばれていた。

峠の名はこれに由来しているようだ。

歯長峠の送迎庵見送り大師のある場所には、歯長寺(しちょうじ)の大伽藍があったが、焼失して、現在は国道56号沿いでJR予讃線の南側あたりに再建されている。
posted by namo at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | へんろ雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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