2006年01月17日

金剛杖と大師の杖

お大師さんの分身として遍路に親しまれている金剛杖(こんごうづえ)。

1本の杖が弘法大師空海の象徴となった背後には、いにしえの民俗信仰的な流れが関係していたのかもしれない。

大師講(だいしこう)という民俗行事をご存じだろうか。弘法大師、元三大師、聖徳太子などをまつり、日本各地で旧暦の11月23日に催されていた年中行事だ。

大師講では小豆粥などを作って供えるのだが、このお供えには長い箸や、長さの違う3本の箸を立てたりする。3本のうちの1本は杖だと考えられている。

これを「大師の杖」という。

ここでいう「大師」は、もともと人間ではなく、神の御子、「オオゴ」「オオイゴ」(漢字で書くなら「大子」)とも呼ばれる来訪神だったらしい。

その神様は、所によっては1本足であると思われていたふしもある。

柳田国男は「大師講の由来」のなかで次のように述べている。

「十一月二十三日の晩に国中の村々を巡り、小豆の粥をもって祭られていたのは、ただの人間の偉い人ではなかったのであります。それをわれわれの口の言葉で、ただダイシ様と読んでいたのを、文字を知る人たちが弘法大師かと思っただけであります」

だが、現在では一部の地域を除いて、オオゴやダイシ様は人々から忘れ去られ、「ダイシ講」は生活の中からほとんど消えてしまった。

一方、金剛杖は遍路の日常のなかに生きている。遍路宿に着いたら、お杖の先を洗って床の間に安置するといった行為には、どこか民俗的DNAが感じられる。

オオゴやダイシは今、遍路の金剛杖のなかに、「お大師さん」とひとつになって、形を変えて生きているのかもしれない。

posted by namo at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | へんろ雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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