2006年06月06日

四国遍路への一遍上人と時宗(時衆)の影響

四国遍路は、真言宗を開いた空海の足跡をたどる道として知られているが、そこには、一遍上人(いっぺんしょうにん)と時宗(じしゅう)の影響もうかがえる。

一遍自身も四国と縁りが深く、有名な『一遍聖絵』には、岩屋寺の行場での修行の様子も描かれている。

『四国遍礼功徳記』の巻頭には、四国遍路でお大師さまに会ったという人に聞いた話が載っているが、そこには次のように記されている。

「くろきぬの衣をめしけると覚へ、征鼓を御頸にかけさせ給ひ、念仏を申とをり玉へり。征鼓は見つれども、御顔ハ見ず、たヾめをとぢおがミ奉る計にてすぎぬとなり」

これは高野聖(こうやひじり)の姿と考えていいだろう。

一遍上人の高野入山以降、高野聖といえば時宗聖をさすほどにまでなったというが、鉦鼓を首にかけて念仏する姿は、まさに時宗聖を思わせる。

遍路の元祖として知られる衛門三郎の伝説では、衛門三郎は一遍上人の出自である河野氏に生まれかわることになっているが、宮崎忍勝氏は『四国遍路』(朱鷺書房)のなかで、次のように述べている。

「私は八十八カ所の成立に活躍した中世の民間宗教者の念仏聖や修験者たちが、頭領の一遍上人を讃える心を秘めた説話、それが遍路の元祖衛門三郎のように思えるのである」

四国遍路における民間の大師信仰普及に大きな役割を果たしたと考えられる聖(ひじり)たちには、空海だけでなく一遍の教えも流れていた。

一部を除いて女人禁制などもなく、ハンセン氏病の方など差別されてきた人たちを受け入れてきた四国遍路の寛容性は、一遍上人と時宗に深く影響されているように思われる。
posted by namo at 20:29| Comment(0) | TrackBack(0) | へんろ雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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