2005年12月23日

琴弾八幡宮

68番神恵院と69番観音寺は同じ境内にある。

明治の神仏分離のとき、琴弾八幡宮(ことひきはちまんぐう)の本地仏の阿弥陀如来をまつった本地堂を、廃絶してしまうのも惜しいということで観音寺が引き受けた。

観音寺も琴弾八幡宮もともに札所だったことから、このようにひとつの境内に二つの札所が同居することになった。

前日、札所に参って近くの旅館に宿泊し、翌朝、札所のすぐ近くの琴弾八幡宮にも行ってみた。

381段の石段の参道を登って神社に着くと、人は誰もいない。かなり大きな明るい神社で、境内にはすぐ近くの海の気配が濃い。

神社の裏からぬける道があり、ドライブウェイを少し登ると、展望台から巨大な「寛永通宝」の銭形の砂絵が見える。

展望台には地元のおじいさんが二人、朝の散歩の休憩か坐っていた。

展望台からドライブウェイを下り、「さんぽ道」という喫茶店でコーヒーを飲んで休んでいたら、地元の人が朝のジョギングのあとのような、スポーツウェア姿で入ってきた。

なにかゆったりとした時間が流れているようだった。
posted by namo at 13:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 奥の院・番外霊場など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月22日

神峯神社

27番神峯寺(こうのみねじ)に着いたときは雨が降っていた。

「真っ縦」と呼ばれる急坂を登り境内にたどり着き、そこからさらに階段を登って本堂、大師堂へ。

大師堂からまたもう少し登ると神峯神社があるのだが、雨のなか訪れる人は、ほかには誰もいなかった。

ゴアテックスのレインウェアに当たる雨を感じながら自然石の石段を登っていくと、少ないながらもお遍路さんの姿のあるお寺の境内とはちがう、自然の匂いが濃厚に漂ってきた。

巨大な杉の木が、神域を守っているように立っている。

人が来ないわりにはりっぱな神社の建物が残っていた。

お参りを終えると、急に雨が小降りになって、一時的に陽の光がさしてきた。ちょっと神秘的。

かつてはここ、神峯神社が札所だったという。

お寺の境内とは方向のちがう階段から下りてきたので、車で着いたばかりのお遍路さんがけげんそうな顔で見ていた。

posted by namo at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 奥の院・番外霊場など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月21日

太龍寺南舎心(舎心ヶ嶽)

21番太龍寺は、今ではロープウェイも通じて訪れやすくなった。

本堂、大師堂、多宝塔などが樹齢数百年の杉の巨木に囲まれて建つ境内は、観光客やお遍路さんでにぎわっている。

しかし空海が虚空蔵求聞持法を修行したという南舎心に向かう人は少ない。

ロープウェイ乗り場近くから続く山道の脇には、一定の間隔で石仏が並んでいる。ミニ八十八カ所のコースになっているのだ。

その道を進んでいくと、最後に南舎心に着く。小さなお堂があり、切り立った崖の上には彼方を見つめる空海の像が坐っている。

像のある崖には「立入禁止」の札が掛かっていたのだが、お堂の掃除や草取りをしていたお寺の人と思われる2人のおばあさんが、「あんたなら行ってもいいよ」と言うので、像のところまで行ってみた。

空海の見つめる彼方には、やはり海が見えた。

五来重氏の言うように、空海は「海の修験」とも言うべき辺路(へじ)修行に身を投じていたのだろう。

太龍寺は空海自身が『三教指帰』に書き記している修行の場(お寺があったわけではないが)。この地には確かに空海の足跡が感じられるようだ。

そういえば、前に北舎心にも行ったことがあるが、今はどうなっているのだろうか。


posted by namo at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 奥の院・番外霊場など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月20日

焼山寺奥の院

はじめての自転車遍路で焼山寺を訪れたときのこと。宿坊に泊まることにしていたので、夜までまだ充分時間があった。

ぼくはまだ元気があったので、友だちを境内に残し、さらに山を登って奥の院まで歩いてみた。

途中には、この山を火の海にした毒蛇を空海が封じ込めたという岩などがあり、ちょっと不気味だった。

山の頂上か尾根のような場所に着くと、小さな木の祠があり、すぐ横は断崖絶壁で、遠くまで見渡せた。

当時の焼山寺は、まとわりつくほどの濃密な自然の気配が漂っていたが、奥の院はそれにもましてすごかった。

もちろん、まわりには誰ひとりいない。

それなのに、あたりからなにかが迫ってくるような気がして、走って山を下りた。

お寺の境内について、友だちを見つけて、ちょっとほっとした。
posted by namo at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 奥の院・番外霊場など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月19日

大麻比古神社と四国の一宮

札所の周辺や遍路道沿いには、奥の院や番外霊場など、今ではあまりお遍路さんが訪れなくなってしまった場所がある。

余裕があれば、ときには寄り道もいいものだ。

1番札所霊山寺(りょうぜんじ)の左手から北に歩いていくと、大麻比古(おおあさひこ)神社がある。

大麻山のふもとにあるこの神社は、江戸時代には霊山寺の奥の院だったという。

遍路シーズンに白衣姿のお遍路さんでにぎわう霊山寺とは対照的に、大麻比古神社は静かで明るい雰囲気が漂っている。

阿波の一宮だけあって、広い境内には大きな木やりっぱな社殿がたっている。

神仏分離以前は、神社が札所だったところもあるし、遍路と一宮の関係は深かった。

30番善楽寺は土佐一宮である土佐神社の神宮寺だった。善楽寺は今も神社の参道の横にある。

55番南光坊も、江戸時代には隣の大山祇(おおやまづみ)神社が納経を行なっていた。ここは大三島にある伊予一宮の大山祇神社の別宮だ。

讃岐一宮田村神社の隣にあるのは83番一宮寺。名前からしてそのかかわりが分かるだろう。

これらの札所を訪ねるときには、隣の神社にも立ち寄ってみるといい。田村神社の日曜市には1杯100円のうどんやばら寿司もある。
posted by namo at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 奥の院・番外霊場など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。